台湾(たいわん)のむかしばなし、虎姑婆(トラババ)

絵(え):いのう みどり

1.

むかしむかし、台湾(たいわん)の山奥(やまおく)の村(むら)に、姉(あね)と弟(おとうと)が、お母(かあ)さんといっしょに住(す)んでいました。
ある日(ひ)、お母(かあ)さんは遠(とお)くの親戚(しんせき)の用事(ようじ)のために、山(やま)を越(こ)えて、出(で)かけることになりました。
「お母(かあ)さんは、どうしても今晩(こんばん)中(じゅう)には帰(かえ)ってこられないけれど、二(ふた)人(り)でお留守(るす)番(ばん)ができるかしら」
「ぼくは、お母(かあ)さんがいないと、心配(しんぱい)だなあ」と弟(おとうと)が言(い)いました。
「大丈夫(だいじょうぶ)よ、私(わたし)がいるから」と姉(あね)が言(い)いました。
「ふたりとも、誰(だれ)が来(き)ても、戸(と)を開(あ)けてはいけないよ。怖(こわ)いトラババが来(く)るかもしれないからね。あしたは、急(いそ)いで帰(かえ)ってくるから、お留守(るす)番(ばん)、お願(ねが)いね」お母(かあ)さんは、こう言(い)って出(で)ていきました。

2.

お母(かあ)さんが出(で)かけてしまうと、心細(こころぼそ)くてたまらない二(ふた)人(り)は、早(はや)く寝(ね)てしまうことにしました。
どれくらい時間(じかん)が経(た)ったのでしょう。
「トン トン」と戸(と)を叩(たた)く音(おと)がします。「お姉(ねえ)ちゃん、だれか来(き)たようだよ」「気(き)のせいよ。寝(ね)ましょう」「ドン ドン ドン」「誰(だれ)か来(き)たよ」「誰(だれ)でしょう・・・・」「開(あ)けておくれ。私(わたし)は、お父(とう)さんのお姉(ねえ)さんだよ」しわがれた声(こえ)が聞(き)こえます。「お母(かあ)さんが『誰(だれ)が来(き)ても戸(と)を開(あ)けてはいけない』と言(い)ったので、開(あ)けません」と姉(あね)が言(い)いました。「お姉(ねえ)ちゃん、お父(とう)さんのお姉(ねえ)さんだって・・・」と、弟(おとうと)が心配(しんぱい)そうな顔(かお)で言(い)うと「私(わたし)はお母(かあ)さんに頼(たの)まれて、あんたたちの世話(せわ)をするために来(き)たんだよ。開(あ)けておくれ」という声(こえ)が聞(き)こえます。お母(かあ)さんに頼(たの)まれたのなら、と思(おも)った姉(あね)は、戸(と)を開(あ)けました。
すると、真(ま)っ白(しろ)な髪(かみ)を振(ふ)り乱(みだ)したおばあさんが、さっと家(いえ)の中(なか)に入(はい)ってきました。「さあ、もう心配(しんぱい)はいらないよ。今夜(こんや)は、いっしょに寝(ね)てあげるからね」と言(い)うので、弟(おとうと)は喜(よろこ)んで、おばあさんといっしょに寝(ね)ることにしました。

3.

その晩(ばん)のことです。「カリ、ポリ、カリ、カリ、ポリ、ポリ」という音(おと)で、姉(あね)は目(め)が覚(さ)めました。おばあさんと弟(おとうと)が、いっしょに寝(ね)ている部屋(へや)をのぞくと、おばあさんが何(なに)かを食(た)べています。
「おばあさん、何(なに)を食(た)べているの?私(わたし)もお腹(なか)がすいたので、ちょうだい」と言(い)うと、「ほれ!」と言(い)って、おばあさんが何(なに)かを投(な)げてよこしました。姉(あね)が拾(ひろ)って、よく見(み)ると、それは、弟(おとうと)の指(ゆび)でした。
「トラババだ。どうしよう。お母(かあ)さんが言(い)っていたトラの化(ば)け物(もの)だ。弟(おとうと)が食(た)べられてしまった。次(つぎ)は私(わたし)が食(た)べられてしまう」
姉(あね)は、賢(かしこ)い女(おんな)の子(こ)でした。何(なに)も気(き)が付(つ)かないふりをして、「おしっこに行(い)きたい」と言(い)いました。そして、急(いそ)いで、家(いえ)の外(そと)にある便所(べんじょ)のそばの大(おお)きな木(き)に登(のぼ)りました。

4.

いくら待(ま)っても、姉(あね)が戻(もど)ってこないので、トラババは姉(あね)を探(さが)しに外(そと)に出(で)ていきました。
便所(べんじょ)をのぞいても、姉(あね)の姿(すがた)がありません。
「どこへ行(い)った、出(で)てこい」とうなり声(ごえ)をあげながら、便所(べんじょ)の周(まわ)りをぐるぐる歩(ある)き回(まわ)っています。
ふと、手水(ちょうず)鉢(ばち)を見(み)ると、月明(つきあ)かりに照(て)らされて、何(なに)かが映(うつ)っています。上(うえ)を見上(みあ)げたトラババは、大(おお)きな木(き)に隠(かく)れている姉(あね)を見(み)つけました。
「やい、降(お)りてこい。一口(ひとくち)で食(た)べてやる」と、恐(おそ)ろしいうなり声(ごえ)をあげました。姉(あね)は恐(おそ)ろしくて、ガタガタ震(ふる)えながら、「食(た)べられても仕方(しかた)がありません。でも、その前(まえ)に、私(わたし)の大好(だいす)きな豆(まめ)の油(あぶら)を飲(の)ませてください」と頼(たの)みました。「私(わたし)は、熱(あつ)い油(あぶら)が好(す)きなんです。それを一口(ひとくち)飲(の)んだら、降(お)りていきます。どうか、台所(だいどころ)で油(あぶら)を沸(わ)かして、その鍋(なべ)を持(も)ってきてください」

5.

トラババは言(い)われた通(とお)り、台所(だいどころ)で油(あぶら)を沸(わ)かし、その鍋(なべ)を木(き)の下(した)に持(も)っていき、姉(あね)がぶら下(さ)げたひもに鍋(なべ)を括(くく)りつけました。
「早(はや)く、油(あぶら)を飲(の)め。飲(の)んだら、すぐに降(お)りてこい!」
姉(あね)はすばやく鍋(なべ)を引(ひ)き上(あ)げました。そして、飲(の)んでいるふりをしながら、ようすを見(み)ていました。
「何(なに)をしている!早(はや)く、降(お)りてこい!」とトラババが大口(おおぐち)をあけて、上(うえ)を見上(みあ)げたとき、姉(あね)はトラババをめがけて、鍋(なべ)をひっくり返(かえ)しました。煮(に)えた油(あぶら)を飲(の)まされたトラババは、恐(おそ)ろしい声(こえ)をあげて、のたうち回(まわ)ったかと思(おも)うと、どさっと倒(たお)れてしまいました。

6.

次(つぎ)の朝(あさ)、お母(かあ)さんが帰(かえ)ってきました。「お母(かあ)さ―ん」姉(あね)はお母(かあ)さんにしがみついて、泣(な)きました。
この話(はなし)が、いつのまにか台湾(たいわん)中(じゅう)に広(ひろ)がり、みんながトラを退治(たいじ)するようになりました。それ以来(いらい)、台湾(たいわん)には、トラが一(いっ)頭(とう)もいなくなったそうです。

7.

おくづけ
台湾(たいわん)のむかしばなし「虎姑婆(トラババ)」にほん語(ご)
文(ぶん):多言(たげん)語(ご)絵本(えほん)の会(かい)RAINBOW
絵(え):稲生(いのう)みどり 
朗読(ろうどく):野中(のなか)健吉(けんきち)
音楽(おんがく):秋山(あきやま)裕和(ひろかず)
企画(きかく):にほんごの会(かい)くれよん
制作(せいさく):多言(たげん)語(ご)絵本(えほん)の会(かい)RAINBOW

8.

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